退屈日記

本や映画、ドラマについて

「『すれっからし』がもたらす感想と『分断』ゆえの新たな『ロマンチック』の盛況」について

晴れ。墓参りに行く。

元村有希子「科学のミカタ」を読む。

著者は毎日新聞科学環境部のデスク。
残念ながらここには「センス・オブ・ワンダー」がなく。

すれっからしの読者には何も引っかかりがなく終わる。
「文系女子」が「科学ネタ」を扱ってみましたという趣き。

もっともこの種のことを知らない人々にはいいのやも知れず。
だったらすまん。

今さら「雪が溶けたら水でなく春になる話」ですかといった趣き。
その「感性」そのものが微妙なので何ともはや。

セリーヌ・シアマ「燃ゆる女の肖像」(’19)を観る。

「許されない愛」がキャメラのクレア・マトンの泰西名画ぶりの美しい映像とともに。
しばし「時間の感覚」を失ったり。

フランソワ・トリュフォーの「香り」がしないでもなく。
「白いドレス」を着たアデル・エネルが「浮かび上がる」のがなかなか。

彼女はどこか「ヒラリー・クリントン」に似ている不思議。
ノエミ・メルランの顔の「微妙な魅力」もあり。

「分断された環境」にいると「濃密な関係」が沁みる仕組みも手伝って。
「妊娠と中絶」も登場するのを忘れずに。

「いつでも連絡を取れる環境」にある現在はこの種の「ロマンチック」を失わせ。
絵に示される数字とラストでエロイーズがマリアンヌの顔を見ない描写よ。

どうやら「新たなロマン主義」が始まっている模様。
いつの時代でも「好きに生きること」は難しいのか。

それでも「好きに生きたらいいだけ」。
科学の視点からすればいずれ「被験体」に過ぎないのだから。

それらを「阻むもの」には敏感であっていい。
もちろん「自意識」も含めて。