退屈日記

本や映画、ドラマについて

「『過去のルール』がもたらす悲惨さと実は『戦意高揚映画』でもあった作品」について

くもりときどき晴れ。床屋へ行く。

 

春日キスヨ「長寿期リスク 『元気高齢者』の未来」を読む。

 

「孤独死」が話題になる一方。

実は「高齢夫婦」が危ないのだという指摘。

 

なぜなら彼らは「子どもに迷惑をかけたくない」と思っているので。

自分たちの「惨状」を知らせない。

 

おまけに「家庭のことは妻がする」という「ルール」が変わらず。

夫は何もしないまま妻にあらゆる要求をし続ける。

 

たとえ彼女が「日常生活」を送るのに相当苦労していても。

あるいは「認知症」になっても同じく。

 

毎日の食事を作ることと夫の要求に応えることが「大変なこと」になり。

やがてそれは「じいさんに殺される」という叫びになることもあり。

 

夫が「他人が家の中に入るのを嫌う」という「性質」が。

「介護もしくは援助」を断る理由になったりもして。

 

「元気な頃の生活のルール」がかくも悲惨な現実を生み出すとは。

出来れば普通に「助け合いたい」もの。

 

そして何より怖ろしいのは。

「普通の人々」はそうした「未来」に対して何の準備もしていないこと。

 

マイケル・カーティス「ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ」(’42)を再見。

 

そうか「戦意高揚映画」だったのかと思うことしきり。

キャグニーの歌と踊りは十分に味わえるけれど。

 

とりわけタップが素晴らしい。

ちなみに撮影当時は43歳で膝が相当に腫れていたという話を読んだ記憶がある。

 

監督は「汚れた顔の天使」(’38)でキャグニーと組んでいて。

本作の前に「カサブランカ」(’42)を撮っていたり。

 

モデルのジョージ・H・コーハンを現在のアメリカ人は知っているのだろうか。

オーヴァー・ゼア」を載せておく。

 

同年にはウィリアム・ワイラー「ミニヴァー夫人」がアカデミー賞を獲り。

そういう時代だったということでよろしく。