快晴。日本晴れ。
東浩紀「訂正する力」を再読。
「直線」というものの「人工さもしくは不自然さ」を思えば。
人は「紆余曲折するもの」だろう。
間違えたら直せばいい。
この「当然」を「許さない」とかいう人々の意味が不明。
あなたは一生「間違わない」んですか。
普通に考えて「ありえないこと」で。
むしろ「間違える」からこそ「成長」があり。
それを否定してしまえばいつまでたっても「現状のまま」で。
そもそも他人に対してそのような「判断」を強制する権利など何処に。
「裁く者」は永遠に「裁かれない者」だとでも思っているのだろうか。
出来れば「なるほどそういう考えもあったのか」と。
互いに思える環境を確保しておきたいもの。
マル激を観る。
今回は「気候危機」について。
わが国ではそれを否定するものがまだまだ多く。
「刺激の強い情報」が「個人」を直撃し。
誰にもチェックされない「孤独」がそれを亢進する仕組みよ。
SNSはそれらをいたずらに拡散し。
「陰謀論」で「友だち」を作ったりして。
もう少し「楽しい話題」でそうなったらいいのにと思いつつ。
少なくとも「異常気象」で毎年世界で相当な被害が生まれている現実を忘れずに。
中田秀夫「スマホを落としただけなのに 最終章」(’24)を観る。
「ファイナル ハッキングゲーム」とタイトルは続くのだけれど。
何のことやらという内容。
シチュエーションだけがあって「物語」はバラバラ。
「シリアルキラーの改心」なんて観たいですかと言いたくなる次第。
白石麻衣の「妊娠」がどうしてこんな風に描かれるのかが謎。
曰く「意味ありげ」でしかなく。
「日韓首脳会談」という設定も空一面のドローンも同様に。
残念ながらすべてが「無理矢理」な感じは否めず。
「虐待を受けた者同士」の交歓もあるものの。
ラストはそうなるだろうなという展開に終わる。
個人的には高石あかりをこんな風に使うなと思うことしきり。
スミンのクォン・ウンビにもあまり魅力は感じられず。
「こういうものが好まれるだろう」という憶測の集成のような。
映画に「市場調査」は採り入れてほしくないのでよろしく。